サーフィン

ニック野崎のノースショアドリーム

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ニック野崎の・・

目次

  1. ノースショア ドリーム

ノースショア ドリーム

サーフィンとの出会い

当時・・勉強ができたニックは、奈良県で最高水準の公立高校を受験。だが失敗、滑り止めだった大阪の私立高校へ進学する。

高校生になったニックは、大人の遊びを覚える。大阪ミナミの繁華街にあった喫茶店に、アイスコーヒー&煙草が目当てで入りびたる毎日だったが・・そこで、茶髪でロングヘアー、肌は黒く、草履でスケートをする男たち(サーファー)と遭遇する。異様な雰囲気をもっていた彼らに惹かれたニックは、自らもサーフィンを始める。

友達の兄貴に頼み込み、和歌山は磯ノ浦の海に連れて行ってもらうようになる。ゴッデスの重いロングボード(3ストリンガー/ツインフィン)で、一生懸命にスープライディング。スープに押され、立った時の感激が忘れられない。やがて父親の軽トラを無断で使用し、独りで毎週海へ行くようになる。当時ニックは16歳、無免許運転であった。

停学を繰り返すほどやんちゃなニックだったが、クラブ活動のアメリカンフットボールでは好成績を残す。ランニングバックでの実績が認められ、なんと大学推薦を得たのだ。

しかし最後の春休み(高校と大学の間)に、事態は一変する。

アメリカンフットボールよりも、サーフィンに夢中だったニックは・・推薦合格が決まっていた大学の入学を両親に内緒で取り消し、入学金を返還、無断で家中の貴金属を質屋に入れ、勝手に父親の実印でツアーのローン契約書に捺印。ハワイのサーフトリップに行ってしまうのであった。

人生を決めたトリップ

18日間のハワイツアーに、仲間達と参加したニック。ハワイはサウスショア(タウン)の波の良さに感動する。特に、ワイキキの遥か沖のポイント ”ナンバースリー” で乗った、長いレギュラーの波が忘れられない。「ここしかない」と決断したニックは、帰りの旅券を破り捨てる。仲間達を空港に見送り、自分自身はハワイに居残ったのだった。

車中泊の生活

ニックは中古のダッジバンを購入し、車中泊で生活を始めた。車が故障したり、住民に通報されたこともあった。お湯や冷蔵庫を使えない生活は辛かったが、朝起きて良い波をみればすぐに元気を取り戻すニックだった。

必然だったルームメイト

車中泊が辛く耐えられなくなったニックは、部屋を借りることにした。しかし、家賃が恐ろしく高い(当時の為替レートで約12万円/月)。どうしようもないので、フードランドで張り紙をしてルームメイトを募集することにした。来たのはイートゥンというサーファーだった。彼にサーフポイントのノウハウを教えてもらうこともでき、一石二鳥だった。

家賃を支払うことで精一杯、お金が無い生活は辛かったが・・たくさんのローカルサーファー達と知り合うことができたのだった。

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